次女がNICUへ行ったあと。
その日の夜は、
私の身体を休めるために、
面会はしないことにした。
出産したばかり。
身体もまだ痛い。
出血も続いていた。
だから今は、
ちゃんと休まなきゃいけない。
そう思っていた。
でも、
私が休んでいるその時間にも、
次女の時間は止まっていなかった。
私の知らないところで、
次女の身体にはいろんな変化が起きていた。
そのことを私は、
次の日に知ることになる。
出産してから、一夜が明けた。
私は搾乳をしていた。
まだ母乳は、
たくさん出るわけではなかったと思う。
それでも、助産師さんが、
「たくさん出ましたね」
と褒めてくれた。
その言葉が、
私は嬉しかった。
今の私にできることは、
これくらいしかない。
抱っこすることもできない。
もちろん、直接母乳をあげることも。
だから、
「母乳を届けたい」
そんな気持ちで、
搾乳を頑張っていた。
搾乳は、慣れないうちは助産師さんがしてくれた。
結構痛い。
「うぅ……」
となることもあった。
搾乳の間、助産師さんとお話をしていた。
いつも私の身体だけじゃなく、
心の状態も気にかけてくれた。
「大丈夫ですか?」
「ちゃんと休めていますか?」
そんなふうに声をかけてくれる。
次女の状態も気にしてくれていた。
次女がNICUにいて、
私は病室にいる。
心細かった。
でも、助産師さんが病室に来てくれることが、
私にとって大きな支えになっていた。
そして、お昼頃。
私は次女に会いにNICUへ向かった。
次女は、黄疸の治療を受けていた。
そして、
次女の状態について先生から話を聞くことになった。
夜の間に、
黄疸の数値が悪くなっていたという。
そして、
夜の間に、
交換輸血をした。
……交換輸血。
私は、その言葉を聞いて、
言葉が出なかった。
昨日生まれたばかりなのに。
私が病室で休んでいる間に、
そんなことが起きていたんだ。
でも、話はそれだけではなかった。
交換輸血をしたあとも、
また黄疸の数値が高くなっている。
まだまだ、
安心できる状況ではなかった。
そして先生から、
搾乳した母乳についても説明があった。
母乳は冷凍してから、
少しずつ次女にあげる。
冷凍しておけば、
3か月保存できる。
ただし、一度解凍してしまうと、
24時間で廃棄になる。
点滴などで必要な栄養を摂っている次女は、
まだまだ沢山の母乳を必要としていなかった。
でも、
「これも次女のところに届けるんだ」
と思うと、
私たちを繋いでくれる大切なものに感じた。
そして、もう一つ。
夜の間に、
初めて尿が出たみたいだった。
その尿を使って、
サイトメガロウイルスの検査をすることになった。
お腹の中にいたときから、
ずっと疑われていた先天性サイトメガロウイルス感染症。
生まれてから初めて出たおしっこが、
その検査に使われる。
私は、
その話を聞きながら思った。
たった一晩。
私にとっては、
身体を休めるための一晩だった。
でもNICUにいる次女にとっては、
そうじゃなかった。
その一晩の間にも、
黄疸の数値が悪くなり、
交換輸血をして、
それでもまた数値が上がって。
次女の身体は、
刻一刻と変化していた。
私が眠っている間にも、
次女はずっと生きようと頑張っていた。
そして、
まだまだ余談を許さない状況が、
続いていた。
※この記事は個人の体験をもとに書いています。
医療上の判断については、必ず主治医・医療機関にご相談ください。



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