第29話|私が知らない夜にも

生まれてからのこと

次女がNICUへ行ったあと。

その日の夜は、
私の身体を休めるために、
面会はしないことにした。

出産したばかり。

身体もまだ痛い。

出血も続いていた。

だから今は、
ちゃんと休まなきゃいけない。

そう思っていた。

でも、

私が休んでいるその時間にも、
次女の時間は止まっていなかった。

私の知らないところで、
次女の身体にはいろんな変化が起きていた。

そのことを私は、
次の日に知ることになる。

出産してから、一夜が明けた。

私は搾乳をしていた。

まだ母乳は、
たくさん出るわけではなかったと思う。

それでも、助産師さんが、

「たくさん出ましたね」

と褒めてくれた。

その言葉が、
私は嬉しかった。

今の私にできることは、
これくらいしかない。

抱っこすることもできない。

もちろん、直接母乳をあげることも。

だから、

「母乳を届けたい」

そんな気持ちで、
搾乳を頑張っていた。

搾乳は、慣れないうちは助産師さんがしてくれた。

結構痛い。

「うぅ……」

となることもあった。

搾乳の間、助産師さんとお話をしていた。
いつも私の身体だけじゃなく、
心の状態も気にかけてくれた。

「大丈夫ですか?」

「ちゃんと休めていますか?」

そんなふうに声をかけてくれる。

次女の状態も気にしてくれていた。

次女がNICUにいて、
私は病室にいる。

心細かった。

でも、助産師さんが病室に来てくれることが、
私にとって大きな支えになっていた。

そして、お昼頃。

私は次女に会いにNICUへ向かった。

次女は、黄疸の治療を受けていた。

そして、
次女の状態について先生から話を聞くことになった。

夜の間に、
黄疸の数値が悪くなっていたという。

そして、

夜の間に、
交換輸血をした。

……交換輸血。

私は、その言葉を聞いて、
言葉が出なかった。

昨日生まれたばかりなのに。

私が病室で休んでいる間に、
そんなことが起きていたんだ。

でも、話はそれだけではなかった。

交換輸血をしたあとも、
また黄疸の数値が高くなっている。

まだまだ、
安心できる状況ではなかった。

そして先生から、
搾乳した母乳についても説明があった。

母乳は冷凍してから、
少しずつ次女にあげる。

冷凍しておけば、
3か月保存できる。

ただし、一度解凍してしまうと、
24時間で廃棄になる。

点滴などで必要な栄養を摂っている次女は、

まだまだ沢山の母乳を必要としていなかった。

でも、

「これも次女のところに届けるんだ」

と思うと、
私たちを繋いでくれる大切なものに感じた。

そして、もう一つ。

夜の間に、
初めて尿が出たみたいだった。

その尿を使って、
サイトメガロウイルスの検査をすることになった。

お腹の中にいたときから、
ずっと疑われていた先天性サイトメガロウイルス感染症。

生まれてから初めて出たおしっこが、
その検査に使われる。

私は、
その話を聞きながら思った。

たった一晩。

私にとっては、
身体を休めるための一晩だった。

でもNICUにいる次女にとっては、
そうじゃなかった。

その一晩の間にも、
黄疸の数値が悪くなり、
交換輸血をして、
それでもまた数値が上がって。

次女の身体は、
刻一刻と変化していた。

私が眠っている間にも、
次女はずっと生きようと頑張っていた。

そして、

まだまだ余談を許さない状況が、
続いていた。


※この記事は個人の体験をもとに書いています。

医療上の判断については、必ず主治医・医療機関にご相談ください。

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