次女をNICUに送り出し、数時間後。
私たちのところへ、
NICUの先生たちが来た。
3人くらいだったと思う。
助産師さんも2人。
その表情を見た瞬間、
「何かあったんだ」
そう思った。
次女の状態が、
さらに悪くなっていた。
肺の状態が良くない。
先生から説明を受けた。
早く生まれた赤ちゃんには起こることがあるということだった。
そして、
「気管挿管が必要です」
と言われた。
私は、頭が真っ白になった。
気管挿管・・・?
生まれてから、
まだ数時間しか経っていない。
その小さな身体に、
これから管を入れる。
怖かった。
先生は私たちに、
どうするかを確認してきた。
夫と顔を見合わせた。
私たちは、
「それは必ずしないといけないのですか?」
と答えた。
それは、
「もう苦しい治療はさせたくない」
という気持ちもあったし、
「この子にこれ以上つらい思いをさせたくない」
という気持ちもあった。
すると先生が、
「すみません、言い方を変えます」
と少し間を置いて、
「させてください」
と言った。
その言葉を聞いた。
私は、何も言えなかった。
さっきまで、
この先生たちに次女を助けてもらいたいと思っていたはずなのに。
その瞬間だけは、
なぜか先生たちが敵のように見えた。
今思えば、
もちろん先生たちは次女を助けようとしてくれていた。
でも、あのときの私は、
そんなふうに考える余裕なんてなかった。
怖かった。
ただただ怖かった。
そして、私たちは挿管をお願いすることにした。
肺高血圧の可能性もあるとのことだった。
先生たちが次女のところへ急いで戻っていく。
私はその背中を見ながら、
ずっと思っていた。
「ごめんね」
「本当にごめんね」
生まれてからここまで、
私たちが決めたことは、
次女を苦しませてしまったんじゃないか。
特に、生まれてから7時まで。
私たちは、
次女と一緒に過ごすことを選んだ。
それが正しかったのか。
あの時間がなかったら、
もっと早く治療してもらえていたら。
そんなことばかり考えてしまった。
「私たちのわがままだったのかな」
「ずっと苦しかったよね」
後悔が、
どんどん押し寄せてきた。
そして同時に、
「このままいなくなってしまうかもしれない」
そんな現実も、
初めてはっきりと感じた。
もしかしたら、
この苦しみが終わるのかもしれない。
そう思ってしまう自分もいた。
でも、
「終わってほしい」
と思ったわけじゃない。
次女を失うかもしれない。
その痛みから逃げたかっただけなのかもしれない。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
私は泣いた。
泣いて、泣いて、
ずっと泣いていた。
夫もそばにいた。
私たちは、ただ次女の無事を祈ることしかできなかった。
そして、私自身の身体も、
まだ出産から回復していなかった。
出血がなかなか止まらない。
後陣痛も強くて、
薬を処方してもらった。
身体はボロボロだった。
でも、そんなことはどうでもよかった。
頭の中にあるのは、
次女のことだけ。
さっきまで一緒にいたのに。
今はNICUで、
小さな身体で頑張っている。
私は何もできない。
ただ、
「頑張って」
そう願うしかなかった。
生まれてから、
まだ半日も経っていない。
なのに私たちは、
もう「生きる」ということの重さを、
目の前に突きつけられていた。



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