第18話|「すべての赤ちゃんには、生きる権利がある」

妊娠中のこと

「意外と、生命予後が良いかもしれない」

そう言われたことで、

私の中に、

今まで考えていなかった未来が生まれた。

この子は、

もしかしたら生まれてくるのかもしれない。

そして、

生まれてきたら――

どうするんだろう。

それまでの私は、

「生まれる前に亡くなる」

ということを前提に、

ずっと考えていた。

だから、

生まれた後のことなんて、

ほとんど想像していなかった。

そんなある日、

小児科(NICU)の先生たちとの話し合いがあった。

部屋には、

小児科の先生が2人。

産婦人科の主治医。

そして看護師さん。

この中の小児科の先生のひとりが、

この子の主治医になる先生だった。

私は夫と一緒に、

先生たちの話を聞いた。

まず、

「もし生まれるときに赤ちゃんの心拍が悪くなったら」

という話。

その場合は、

緊急で帝王切開をして、

赤ちゃんを助けることができる。

でも、

私たちはそれを希望しなかった。

次に、

「生まれたときに仮死状態だったら」

という話。

その場合は、

蘇生処置をする。

呼吸を助けたり、

必要な処置をしたりする。

でも、

それも希望しなかった。

そして、

早産で生まれた場合。

呼吸のサポートや、

点滴などが必要になる可能性がある。

できるだけ医療的な介入はしたくない。

そう伝えていたけれど、

生まれた時の状態によっては、

どうしても必要になることがある。

一つひとつ、

先生たちは丁寧に説明してくれた。

反対に、

もし予定日近くまでお腹の中で過ごして、

元気な状態で生まれてきたら。

その場合は、

その時の赤ちゃんの状態を見ながら、

必要な治療をしていくことになる。

つまり、

「生まれたら、赤ちゃんの生きる力にすべてを任せる」

という単純な話でもなかった。

その時の状態によって、

選択肢が変わる。

先生たちは、

起こり得ることを一つずつ説明してくれた。

私は、

話を聞きながら、

頭の中を整理していた。

そして、

先生から言われた言葉があった。

「すべての赤ちゃんには、生きる権利があります」

その言葉を聞いた瞬間、

私はなんとも言えない気持ちになった。

もちろん、

その言葉が間違っているとは思わなかった。

赤ちゃんが生きること。

それを大切にすること。

医療者として、

当然のことなのだと理解している。

でも、

当時の私たちにとっては、

その言葉がとても重かった。

できるなら、

苦しまずにいてほしい。

痛い思いをせずにいてほしい。

そして、

できるだけ穏やかに、

この子の時間を過ごしてほしい。

それが私たちの願いだった。

でも、

先生たちが話してくれるのは、

「生きるために何ができるか」。

私たちが考えていたのは、

「この子に何をさせたくないか」。

同じ赤ちゃんを見ているのに、

立っている場所が少し違っていた。

正直に言えば、

その頃の私は、

「所詮、みんな他人事なんだ」

と思っていた。

この子とこれから一緒に暮らすのは、

私たち家族。

この子がどんな状態で生まれて、

どんな時間を過ごすことになるのか。

そのすべてを背負うのは、

私たち。

だから、

いくら丁寧に説明されても、

「実際にこの子と生きるのは私たちなのに」

という気持ちは消えなかった。

でも、

今振り返ると、

先生たちは先生たちなりに、

私たちが後から後悔しないように、

考えられる選択肢を全部説明してくれていたのだと思う。

当時は、

そんなふうに受け止める余裕なんてなかったけれど。

「もしこうなったら、どうしますか?」

「この場合は、こういう処置があります」

「こういう可能性もあります」

何度も、

「もしも」の話をした。

まだ生まれてもいないのに、

生まれた瞬間のことを考えている。

それが、

なんだか不思議だった。

少し前まで私は、

「この子は生まれないかもしれない」

と思っていたのに。

今は、

「生まれたらどうする?」

という話をしている。

私は、

お腹に手を当てた。

そこには、

まだ小さな赤ちゃんがいる。

生きている。

今日も、

お腹の中にいる。

そして、

もしかしたら、

この子は本当に、

私たちのところへ生まれてくるのかもしれない。

そう思ったら、

胸の奥が、

少しだけざわざわした。

怖い。

でも、

ほんの少しだけ、

会ってみたい。

そんな気持ちも、

いつの間にか生まれていた。

この子が生まれたら、

どんな顔をしているんだろう。

泣くのかな。

呼吸できるのかな。

抱っこできるのかな。

それとも、

すぐにNICUへ運ばれるのかな。

まだ何も分からない。

ただ、

「生まれてくるかもしれない」

という未来だけが、

少しずつ現実になっていった。

そして私は、

まだ見ぬその未来に向かって、

少しずつ、

心の準備を始めることになった。


※この記事は個人の体験をもとに書いています。

医療上の判断については、必ず主治医・医療機関にご相談ください。

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