第19話|ちゃんと、幸せだった

妊娠中のこと

赤ちゃんのことを考えない日はなかった。

お腹の中で、

ちゃんと生きているのか。

次の健診まで、

心臓は動いているのか。

もし生まれたら、

どうなるのか。

そんなことばかり考えていた。

でも、

そんな毎日の中で、

少しだけ違う時間があった。

弟の結婚式の日。

親族だけの、結婚式だった。

いつもならば、

朝から赤ちゃんのことを考えていたはずなのに。

この日は、

準備をして、

会場に着いて、

家族と話して、

新しい親族とご挨拶をして、

結婚式が始まって。

気がつけば私は、

何もかも忘れて笑っていた。

弟の晴れ姿を見て、

本当に嬉しくなった。

みんなで写真を撮って、

たわいもない話をして。

その時間だけは、

お腹の中の赤ちゃんに病気があることを、

忘れていた。

あんなに毎日、

頭から離れなかったのに。

この子がどうなるのか。

いつまで生きられるのか。

生まれてこられるのか。

そんなことを、

考えていない。

ただ、

その時間を楽しんでいた。

家族みんなで、

笑いあっていた。

その日は、

妊婦用に食事も少し配慮してくれていた。

「妊娠しているから」

と、

当たり前のように気遣ってもらえた。

そのことが、

なんだか嬉しかった。

お腹の中に赤ちゃんがいる。

その事実を、

誰かに特別なものとして扱ってもらえる。

それだけで、

少しだけ安心した。

もちろん、

ふとした瞬間に、

現実に戻ることもあった。

お腹に手を当てる。

この中に、

あの子がいる。

重い障害があるかもしれない。

生まれてくることができないかもしれない。

もし生まれてきたとしても、

厳しい治療が必要になるかもしれない。

そんなことを考えると、

胸が苦しくなった。

幸せな空間の中で、

私は、

この先の家族の未来を考えていた。

もしこの子が生まれたら。

家族はどうなるんだろう。

今周りにいる人たちは、

どう受け止めるんだろう。

私たちのせいで、

親族に負担をかけてしまうんじゃないか。

そんなことまで、

考えてしまっていた。

本当は、

誰にも迷惑をかけたくなかった。

家族にも。

親戚にも。

周りの人にも。

だから、

「自分がこの子を産むことで、

周りの誰かに大きな負担をかけてしまったらどうしよう」

そんな不安もあった。

でも、

その日だけは、

張り詰めていた気持ちが緩み、

そう深く考える時間はほんの僅かだった。

弟の幸せそうな顔を見て、

私も嬉しかった。

家族みんなが笑っている。

それだけで、

幸せだった。

もしかしたら、

私が欲しかったのは、

こういう普通の時間だったのかもしれない。

何も考えずに笑える時間。

明日のことを心配しなくていい時間。

ただ、

家族と一緒にいられる時間。

そして、

帰り道。

ふと、

お腹に手を当てた。

今日も、

ちゃんと動いている。

生きている。

私は、

この子がどうなるのかを、

まだ何も知らない。

それでも、

この子がお腹の中にいる時間は、

確かに私たちの大切な時間だった。

結婚式を終えて、

私は思った。

辛い気持ちを抱えている人はたくさんいる。

でもできることなら、

親族だけでも、

誰もこんな辛い思いをしてほしくない。

今日のように幸せな時間が

ずっと続いてほしい。

そんなことを、

ぼんやり考えていた。

そしてまた、

次の健診の日が近づいてきた。

楽しかった一日が終われば、

また現実が待っている。

お腹の中の赤ちゃんは、

今どうなっているんだろう。

次のエコーでは、

何を言われるんだろう。

私はまた、

あの小さな画面を見つめることになる。


※この記事は個人の体験をもとに書いています。

医療上の判断については、必ず主治医・医療機関にご相談ください。

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