「意外と、生命予後が良いかもしれない」
そう言われたことで、
私の中に、
今まで考えていなかった未来が生まれた。
この子は、
もしかしたら生まれてくるのかもしれない。
そして、
生まれてきたら――
どうするんだろう。
それまでの私は、
「生まれる前に亡くなる」
ということを前提に、
ずっと考えていた。
だから、
生まれた後のことなんて、
ほとんど想像していなかった。
そんなある日、
小児科(NICU)の先生たちとの話し合いがあった。
部屋には、
小児科の先生が2人。
産婦人科の主治医。
そして看護師さん。
この中の小児科の先生のひとりが、
この子の主治医になる先生だった。
私は夫と一緒に、
先生たちの話を聞いた。
まず、
「もし生まれるときに赤ちゃんの心拍が悪くなったら」
という話。
その場合は、
緊急で帝王切開をして、
赤ちゃんを助けることができる。
でも、
私たちはそれを希望しなかった。
次に、
「生まれたときに仮死状態だったら」
という話。
その場合は、
蘇生処置をする。
呼吸を助けたり、
必要な処置をしたりする。
でも、
それも希望しなかった。
そして、
早産で生まれた場合。
呼吸のサポートや、
点滴などが必要になる可能性がある。
できるだけ医療的な介入はしたくない。
そう伝えていたけれど、
生まれた時の状態によっては、
どうしても必要になることがある。
一つひとつ、
先生たちは丁寧に説明してくれた。
反対に、
もし予定日近くまでお腹の中で過ごして、
元気な状態で生まれてきたら。
その場合は、
その時の赤ちゃんの状態を見ながら、
必要な治療をしていくことになる。
つまり、
「生まれたら、赤ちゃんの生きる力にすべてを任せる」
という単純な話でもなかった。
その時の状態によって、
選択肢が変わる。
先生たちは、
起こり得ることを一つずつ説明してくれた。
私は、
話を聞きながら、
頭の中を整理していた。
そして、
先生から言われた言葉があった。
「すべての赤ちゃんには、生きる権利があります」
その言葉を聞いた瞬間、
私はなんとも言えない気持ちになった。
もちろん、
その言葉が間違っているとは思わなかった。
赤ちゃんが生きること。
それを大切にすること。
医療者として、
当然のことなのだと理解している。
でも、
当時の私たちにとっては、
その言葉がとても重かった。
できるなら、
苦しまずにいてほしい。
痛い思いをせずにいてほしい。
そして、
できるだけ穏やかに、
この子の時間を過ごしてほしい。
それが私たちの願いだった。
でも、
先生たちが話してくれるのは、
「生きるために何ができるか」。
私たちが考えていたのは、
「この子に何をさせたくないか」。
同じ赤ちゃんを見ているのに、
立っている場所が少し違っていた。
正直に言えば、
その頃の私は、
「所詮、みんな他人事なんだ」
と思っていた。
この子とこれから一緒に暮らすのは、
私たち家族。
この子がどんな状態で生まれて、
どんな時間を過ごすことになるのか。
そのすべてを背負うのは、
私たち。
だから、
いくら丁寧に説明されても、
「実際にこの子と生きるのは私たちなのに」
という気持ちは消えなかった。
でも、
今振り返ると、
先生たちは先生たちなりに、
私たちが後から後悔しないように、
考えられる選択肢を全部説明してくれていたのだと思う。
当時は、
そんなふうに受け止める余裕なんてなかったけれど。
「もしこうなったら、どうしますか?」
「この場合は、こういう処置があります」
「こういう可能性もあります」
何度も、
「もしも」の話をした。
まだ生まれてもいないのに、
生まれた瞬間のことを考えている。
それが、
なんだか不思議だった。
少し前まで私は、
「この子は生まれないかもしれない」
と思っていたのに。
今は、
「生まれたらどうする?」
という話をしている。
私は、
お腹に手を当てた。
そこには、
まだ小さな赤ちゃんがいる。
生きている。
今日も、
お腹の中にいる。
そして、
もしかしたら、
この子は本当に、
私たちのところへ生まれてくるのかもしれない。
そう思ったら、
胸の奥が、
少しだけざわざわした。
怖い。
でも、
ほんの少しだけ、
会ってみたい。
そんな気持ちも、
いつの間にか生まれていた。
この子が生まれたら、
どんな顔をしているんだろう。
泣くのかな。
呼吸できるのかな。
抱っこできるのかな。
それとも、
すぐにNICUへ運ばれるのかな。
まだ何も分からない。
ただ、
「生まれてくるかもしれない」
という未来だけが、
少しずつ現実になっていった。
そして私は、
まだ見ぬその未来に向かって、
少しずつ、
心の準備を始めることになった。
※この記事は個人の体験をもとに書いています。
医療上の判断については、必ず主治医・医療機関にご相談ください。



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