弟の結婚式から、
しばらく経った。
あの日だけは、
赤ちゃんのことを忘れて笑っていられた。
でも、
現実は変わっていない。
また、
妊婦健診の日がやってきた。
いつものように、
エコーの画面を見る。
私は、
先生が何を言うのかを待っていた。
以前なら、
エコーが始まるだけで怖かった。
「心臓は動いていますか?」
「また何か悪くなっていませんか?」
そんなことばかり考えていた。
でも、
この頃は少しだけ違った。
この子が、
まだ生きていることを、
私は知っている。
この状況に、
私の心は少しずつ追い付いてきたのかもしれない。
今回も、
いろいろなところを確認していく。
羊水。
血流。
心臓。
お腹の中の状態。
ひとつずつ、
画面を見ながら確認していく。
そして――
心臓の周りにあった水が、
また少し減っていた。
1.8mm。
以前は、
5mm近くあった。
それが、
1.8mmまで減っている。
負荷がかかり大きくなっていた心臓も、
以前ほど酷くはない。
もちろん、
「もう問題ない」
というわけではない。
この子には、
頭がとても小さいという大きな問題はどうしても消えない。
これまでの経過も、
決して普通ではない。
でも、
心臓の状態だけを見れば、
明らかに落ち着いてきている。
そして、
「腹水も、ほとんどないですね」
そんな言葉が聞こえた。
私は、
エコーの画面を見つめた。
不思議だった。
少し前まで、
「胎児水腫」
と言われていた。
「いつ何が起きてもおかしくない」
そんな気持ちで、
毎日を過ごしていた。
それなのに。
少しずつ、
悪かったところが、
良くなっている。
もちろん、
頭の小ささは変わらない。
この子が重い障害を抱えている可能性も、
なくなったわけではない。
生まれた後、
どんな状態になるのかも分からない。
だから、
「大丈夫になった」
なんて、
とても思えなかった。
それでも、
私は初めて、
少しだけ思った。
「この子、もしかして本当に生まれてくるのかな」
「あと1週間くらいでしょう」
そう言われた日から、
もう2か月以上経っている。
あの日、
私はその言葉を聞いて、
どこかホッとしていた。
この苦しい時間が、
もうすぐ終わると思ったから。
でも、
赤ちゃんはまだ、
お腹の中にいる。
一週間どころか、
その先まで、
生きている。
私はずっと、
この子が亡くなることを待っていた。
でも今は、
この子が生きていることを、
少しずつ、
受け入れ始めていた。
そして、
少しずつ、
私の中にも変化があった。
「生まれてこないかもしれない」
ではなく、
「生まれてきたらどうしよう」
と考えるようになった。
NICUの先生たちと、
生まれた後の話をした。
治療をするのか。
どこまで治療するのか。
どんな状態なら、
何を選ぶのか。
そんな話まで、
もう始まっている。
怖かった。
もちろん、
今でも怖い。
この子の未来が、
どうなるのか分からないから。
でも、
少し前までの私は、
未来そのものを考えることができなかった。
「生まれる」という未来が、
存在していなかったから。
それが今は、
少しだけ、
見えるようになってきた。
赤ちゃんは、
今日も生きている。
私が思っていたより、
ずっと強く。
でも、
私はまだ、
「強い子でいてほしい」
とは思えなかった。
できるなら、
苦しまないでほしい。
痛くないように。
怖くないように。
穏やかに、
この子の時間を過ごしてほしい。
ただ、
それだけだった。
それまでなら、
「いつまで生きられるんだろう」
と考えていた。
でもこの日は、
ほんの少しだけ違った。
「この子と、いつまで一緒にいられるんだろう」
そう思った。
同じようで、
少し違う。
私の中で、
何かが変わり始めていた。
※この記事は個人の体験をもとに書いています。
医療上の判断については、必ず主治医・医療機関にご相談ください。



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